あまカラ no.41

大阪・鶴屋八幡がPR誌として制作し、ひたすら食べ物随筆のみを掲載し続け、日本の食文筆に大きな足跡を残した雑誌「あまカラ」。no.41、1955年1月号です。執筆者は小島政二郎らレギュラー陣の他は、子母澤寛、棋士・木村義雄、登山家・村井米子などに加え、吉田健一の「饗宴」の第二回が掲載。真ん中の見開きフォトページは、鶴屋八幡の華麗な和菓子デザインが紹介されて華やかな雰囲気。表紙の女人のシルエットもしなやかで美しい。

「もともと、登山生活では、鱈には御縁が深い。夏の山はもとより、ことに冬の山小家では、むかしは、明けても暮れても鱈ぜめで、味噌汁も干鱈、焼魚も干鱈、煮物も干鱈と……」(村井米子「越後の鱈のどぶ汁」より)

*ホチキスにサビあり。古い雑誌ですので、綴じや紙が脆弱になっている点はご理解の上お求めください。お手元に届いたあと、紙がホチキスから離れる恐れもありますが、その点も事前にご理解くださいませ。本文を読む分には問題ありません。執筆者等の詳細についてお尋ねになりたい時は、メールにてお問い合わせください。


発行:甘辛社
1955年1月号
184mm × 128mm / 72p
中綴じ、ホチキス留め

販売価格 300円(内税)
在庫数 売切
*店舗でも同時に販売しておりますので、入れ違いで売り切れとなる場合もございます。その際は迅速にご連絡いたしますので、どうぞご了承くださいませ(期間限定商品はオンラインのみとなります)。

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